出来が良すぎる『鬼滅の刃』のアニメですが、その中でも一番熱い回が「第19話」ではないでしょうか??
多分、アニメを見た人なら、8割はこの回答に納得いただけると思います。
蜘蛛の鬼「累」と対決する回ですね。
今日は、『鬼滅の刃』第19話を見て、昔高校の国語教師に言われた一言を思い出した話です。
この言葉は、ふとした時にも思い出す一言なんですが、良い映画やアニメを見た後には、必ずと言っていいほど頭をよぎる位、私には忘れられない言葉でした。
鬼滅のアニメを見て、ずっと書きたかった記事なんですが、うまく文章がまとまらなかったんですよね~。
『鬼滅の刃』第19話盛り上がりシーンはこんな感じ。
アニメ『鬼滅の刃』は、絵がきれいなだけではなく、動きも細やかで声優さんたちの表現力も高い。
その中でも19話はエフェクトや映像美、カメラワークやBGMと、どれをとっても渾身の作です。
最も盛り上がるのは、後半のバトルシーンだと思うのですが、内容はこんな感じです。
「僕に勝つつもりなのかな???」
バーーーー!!
ガシッ!!
「禰豆子ぉぉぉぉ!」
ピシッ!
累セリフ
炭治郎セリフ
ズッッッシャァーー!
中略
回想及び、炭治郎の最強熱演と激熱音楽
バババババッ
「血鬼術・・、爆血(ばっけつ)!」
ゴォォォォーーー!!
バッシュシュシュゥー・・・
ガシッ!!
シュシュシュシュシュ!
ピュイッ!
キシャーン!!
「俺と禰豆子の絆は(以下略)。」
このままエンディング。
ネタバレをなるべく避けるため、擬音と一部のセリフのみでお送りしましたが、こんな感じです。
もう、涙なくして見られません。
素晴らしい熱演と映像表現なんですが、実はここ、原作では小説のような美しい文章が入って、戦いの様子が状況説明されているんです。
だけど、アニメには一切ナレーションの類はありません。
あ、ここのところはナレーションあるなしの是非ではなく、ただの事実を書いているだけです。
話変わって、高校教師の話
で、今日の本題。
国語教師の話。
高校時代に国語を担当していた先生ですが、授業の合間によく、子供向けの特撮作品に潜んだ社会的なメッセージやアンチテーゼの事を教えてくれました。
・・・オタクだったんでしょうね・・、多分・・、いや、確実に。
当時私は花のJKであり、アニメなんて見ないし、特撮ものなんて幼稚園児の見る番組でした。
アニメのクオリティも今よりず~っっと低かった時代です。
そんなある日の3学期後半。
授業も既に終了し、クラス全員出席日数もOK進級確定で、自習なんかが多くなる時期に、この先生が持参したアニメを見せてくれました。
これです。
よい子は知ってる「セロ弾きのゴーシュ」。
なんかね、先生が大学時代に 専攻してたのが宮沢賢治だったらしいです。
セロ弾きのゴーシュは、宮沢賢治著。
頑なで不器用な青年ゴーシュは、世の中や楽団員たちとはうまくいっていない。
独りよがりな怒りを常に抱えているが、ある事がきっかけで周りを見る事ができるようになっていき、優しさを受け入れたり、自分自身も人とコミュニケーションができるようになっていく。
みたいな話だったと思います。
宮沢賢治の死後に発表されているので、ゴーシュの人間像は著者からは明らかにされていませんが、発表当初は、偏屈な性格からゴーシュは老人なんじゃないかと言われていていたそうで、当時の絵本の挿絵も老人が多かったそうです。
しかし、ゴーシュの物語中の憤りや不器用さは、若者特有のそれではないかという研究が進み、現在では「ゴーシュは自分探し中の不器用な若者」というのが定説となっているようです。
(以上、アニメ視聴後に国語教師が言っていた解説)
で、「セロ弾きのゴーシュ」は事前に授業でプリントが配られ、全員アニメを見る前には読了していました。
そして、アニメを見る前に先生が一言言い放ちました。
「このアニメを見て、自分たちの想像力の貧困さを痛感するように。」
この一言、私には結構衝撃だったんですよね。
それまで、そんな視点でアニメを見たことが無かったから。
例えばね、「陽が落ちてきた。もう春なんだなと、A子は踵を返して歩きだした。もう振り向こうとは思わなかった。」みたいなくだりが文章であったとするじゃないですか。
その風景はすごく頭に浮かぶんです 。
陽が落ちるのが遅くなったから春を感じたとかも分かる気がする。
でも、丁寧に作られたアニメは、頬に風があたったり、A子がなびいた髪の毛を耳にかけたり直したりするんですよ。
妄想大好きな私でも、さすがにそこまでは、想像できないと思う。
セロ弾きのゴーシュは、高畑勲監督の作品だった
アニメ「セロ弾きのゴーシュ」は、調べてみたら、有名な高畑勲監督の作品だったようです。
なにやら賞も貰っていたらしい。
アニメはアニメでよかったのですが、それよりも、私は先生に言われた一言が忘れられません。
自分は、結構想像力も行間を読む力もあると思っていたから。
今でこそ、ネットを介してプリキュアや特撮ヒーロー物にあるアンチテーゼや隠しメッセージに言及したり、考察する記事が普通に扱われるようになりましたが、当時はネットもなければ携帯電話もありませんからねぇ、教師としては歯がゆい思いをしていたんでしょうね。
当時のオタクは仲間を見つけるのも大変だったでしょう。
そんな教師に渾身の一撃を受けて、私の人生・・全然変わらなかったけど、〇十年経った今もあの一言は忘れられずにいます。
別に仲のいい先生でもなかったんですけどね。
今日の記事は、こういう事があったよ的な記事で、たまに書くオチ無し記事の一つなんですが、今はネットやSNS、掲示板などで考えを発表できたり、同じ趣味の人と繋がれていい時代でもあるなと私は思います。
オチが無いのでまとめるのは難しいですが、すごくいいものを見ると必ず思い出す国語教師の一言により、今はなるべく感動を記事にする事をモットーにしています。
だから、まぁ・・『鬼滅の刃』の19話は見ておけって話です。
おまけ
この先生が最後の授業で見せたアニメが「ルパン三世」の最終回です。
あの宮崎駿が参加しているやつですね。
子供心に当時も「きな臭いな」とは思っていたけど、反戦メッセージのある作品です。
(小さい時リアタイしてた)
当時は教科書問題とかあったからね。
タイトルが「ルパン三世」だったもんだから、うるさ型の先生には怒られたみたいだけど、それはまた別のお話。
それではまた。
読んでいただき、ありがとうございました。