今日は、少女漫画界の巨匠、いくえみ綾の『おやすみカラスまた来てね。』のあらすじと登場人物の紹介です。
少女漫画家というと、キャリアが上がるにつれて、絵柄や感性が少女誌と合わなくなったり、作者の意向で年齢層が上の雑誌に移動したり、レディース誌で描いたりすることが多くなりがちですが、いくえみ綾はつい最近までマーガレット系の雑誌で連載していたという、感性の化け物。
吉田秋生もそうですが、その感性はどうしたら曇らずにいられるのか・・。
とはいえ、最近は大人向けの雑誌で連載する事も多く、この作品『おやすみカラスまた来てね。』は、「月刊!スピリッツ」で2014年から不定期で連載している作品で、私が知っているいくえみ綾の漫画の中では珍しく、男性が主人公の作品です。
既刊は、2020年12月の時点で5巻です。
すすきのを舞台にした人間模様が大人向けで、だけど感情の機微がデリケートで、行間を読みつつキャラクターの心情を想像させて読ませる作風は、いくえみ綾のまさにそれ。
「いくえみ綾、健在なり」と言った感じです。
『おやすみカラスまた来てね。』あらすじ
北海道「すすきの」。
そこで、しがないパブ男君として働いている主人公「十川善十(そがわ ぜんじゅう)以下『善』」は、今日もお酒の飲み過ぎで、お店で吐いたりしています。
善には、「古賀紅央(こが・べにお)」という、半同棲している彼女がいますが、紅央はちゃんと働いているOLであり、29歳。
彼女は、そんな善の生活態度に絶望し、三行半を突きつけました。
予想もしていなかった別れを切り出され、自暴自棄になる善。
彼は、私達の予想以上に紅央に甘えていて、彼女の事を頼りにしていて、大好きだったみたいですね。
大人になれよ、善という感じ。
絶望の中、すすきのでふと見つけた老舗らしき正統派のバー。
善はそこにふらりと立ち寄りますが、不思議な縁で、バー「一白玆(いっぱくげん)」を引き継ぐこととなります。
実は、善がお店に寄った時点で、マスターは既に故人となっています。
翌日「働くなら、明日面接にいらっしゃい。」とマスターに言われて一白玆に来た善ですが、そこにいたのは、マスターの娘「一葉(ひとは)」。
善は事情を知らされますが、にわかには信じられない。
でも、一葉はこれを、父親のギフトだと考え、善に店を引き継いでほしいと訴えます。
こうして、大人で老舗でシックなバー「一白玆」は、マスターとしてはほとんど素人の善が引き継ぐことになりました。
この一白玆を舞台に、働き始めた善と、共にバーテンを務める一葉を中心として、恋愛やら人間模様やらのあれこれや、恋の鞘当て的なストーリーを描いた漫画が、『おやすみカラスまた来てね。』です。
物語序盤は、いくえみ綾の女性的な表現が色濃く出たストーリーとなりますが、中盤以降はヒューマンドラマもメインとなり、中性的な作風に変わっていきます。
『おやすみカラスまた来てね。』の登場人物
それではここで、一白玆を舞台に繰り広げられるドラマの登場人物たちを、私の独断と偏見で見てみましょう。
十川 善十
(そがわ ぜんじゅう)
この物語の主人公。
もともとチャラい感じのパブで働いていた。
田舎育ちの素朴な面を持っていて優しいが、優柔不断と言うか、自分に好意を寄せる女性を好きになりやすく、流されるまま楽しい雰囲気で生きていた若者。
すすきので落ち着いたバーを引き継いだため、雰囲気が変わってしまった事を悼む常連も多く、善にはなかなか荷の重い仕事であるが、少しづつ成長していて、4巻の後半ではカッコいい所を見せてくれた。
「人間、大きな器を与えられれば、それに見合うように成長していく。」と言っていた人が、かつていたなぁ・・。
九重 一葉
(ここのえ ひとは)
「一白玆」の前マスターの娘。
善と共にバーを切り盛りしているバーテンダー。
特に善との恋愛的な絡みは無いが、お互い憎からず思ってはいる。
父親がこの店でマスターをしていた時から手伝っていたので、接客術やお客様との距離感の取り方は善よりレベルが高い。
クールで愛想がなさそうに見えて、なかなか趣深い描かれ方をしている。
古賀 紅央
(こが べにお)
善が連載当時に付き合っていた元彼女。
サバサバした性格でガサツな部分があるが、気持ちの良いお姉さん。
意外と小さなことを気にしたり気遣ったりする所があり、善と別れた今、後輩から好意を寄せられている。
善とは別れているが、5巻の今まで頻繁に登場しており、その恋の行方は気になるところ。
善の方は、未だに大事に思っている様子。
長窪汐
(ながくぼ うしお)
すすきのにある落ち着いたバー「汐(うしお)」のマスター。
女性マスターのお店、珍しいね。
「一白玆」の前マスターを尊敬しており、いかにもチャラ男で主体性のない善が引き継いだことに納得できていないので、善にはかなり辛口。
マスターをしているだけあり、お客様との距離感を保つ受け答えや愚痴への相槌などのレベルが高く、プロ意識の高さがうかがえる。
作品にはちょくちょく登場していて、登場人物全員がリスペクトしているようなクールな人物ですが、そこまで深堀りされていなかった感じ。
ですが、5巻では小さな事件があり、その人となりや仕事へのプライドを見せつけた。
柳原
(やなぎはら)
一葉を狙うストーカー・・・。
と見せかけて、単にグイグイ来るだけの人。
4巻で初登場となったが、5巻では準レギュラー入りとなった人物。
登場時は結構キモイ感じの描かれ方をしていたけれど、距離感近めな察しの悪いお兄さん。
察しが悪い癖に脚本家で、今は暇らしい。
色々あって、北海道に帰って来たとの事。
でも一葉の事は好き。
あれだけ気持ち悪がられていたのに、なんだか一葉とはいい雰囲気の5巻です。
その他の登場人物
〇 白木美温(しらき みはる)
「一白玆」に出入りしている、白木生花店のお嬢さん。
見るからに男ウケしそうなフワフワお嬢さんで、一時善とお付き合いする。
その恋は儚くもいい所で、美温の裏切りにより終わりを遂げますが、少女漫画を読んだ事がある人なら、すぐに腹黒かまってちゃんのキャラであることに気づきます。
女性から見ると「同性のお友達が少なさそう。」とか言われるタイプ。
作者も彼女の事が嫌いなのか、ポチポチとしか登場しない。
〇 鳥海 信一 (とりうみ しんいち)
たまに登場する、マッシュルームカットの若い男の子。
とても素直でかわいく、一葉にも可愛がられている。
実は、前マスターである敏夫が認知しているので、戸籍上は一葉とは異母弟になるが、血は繋がっていない。
この辺は昼ドラのようなので、是非コミックスを読んでみて下さい。
『おやすみカラスまた来てね。』5巻までの感想
『おやすみカラスまた来てね。』は、数人の日常的な人間模様が描かれている為、非常にあらすじが書きにくいです。
いくえみ綾の作品は、登場人物のしぐさや表情で感情を慮ったり、行間を読んだりする要素が大きく、結果はどうであれ、その時のコマに明確な答えは無く、受け取る側の性格や、その時の精神状態で読み方が大きく変わってきます。
『おやすみカラスまた来てね。』は、大人を対象とした作品ですから、なかなか読みごたえはあるものの、序盤の美温とのやり取りは、グロさとかではない意味で、気分が悪くなる人もいるかも。
美温とのエピソードが終了すると少し作品の雰囲気が変わるので、序盤『ダメだぁ』と思った人も、少し読み続けてみて下さい。
4巻後半では、2019年に起こった北海道地震がベースになったエピソードがあり、ストーリーは加速します。
序盤は少女漫画の要素が強く、今まで割とゆるい感じで展開していた漫画ですが、一気に善が成長し、大人向けの漫画に生まれ変わります。
いくえみ綾が描く「月刊!スピリッツ」という、男性向け雑誌での連載は、リアル世代の私にはとても興味があります。
彼女はとても早くデビューしたんですよね。
描き続ける事は難しいと言われている少女漫画界を未だトップで走り続けるいくえみ綾。
彼女の新天地とも呼べる『おやすみカラスまた来てね。』は、これまた名作の予感です。
それではまた。